『関東大震災後の戒厳令下、社会主義者・大杉栄一家を虐殺したとして獄に堕ちた元エリート憲兵。その異能と遺恨は新天地・満州で乱れ咲いた』
「阿片王 満州の夜と霧」に続く佐野眞一による満州シリーズ。甘粕正彦の関係者を訪ね、証言や手元に残る資料を丹念に集めていく取材手法は信頼できるものだと思う。幅広い方面から光を当てることで立体的に「甘粕正彦」の影を浮かび上がらせていく。ただ一方で、「阿片王」の時も気になったが、もう一つ深さが足りないというか、取材対象に迫り切れていない気がする。第2次世界大戦が終わって60年が過ぎ、“第一級の資料”に出会うことは難しくなっているのだろう。今回の取材対象になった人々が、どの程度、甘粕という男を知っていたのかも分からないし…
もう一点物足りないものがあるとすれば、“主義者殺し”の烙印を押された怖ろしい男・甘粕の裏にさらに大物がいるのではないか、という気がすること。大杉殺しにしても、満州での謀略活動についても軍の指示なのだろうということは分かるが、「軍」という組織でなく、それを指示した「人物」がいたに違いない。それは軍人なのか、それともそれ以外なのか、知りたい。そこまで求めるのは酷かもしれないが。
いろいろと不満を書いたが、私のように甘粕について知識がない人間には興味深い本に違いない。400ページを超えるが面白く一気に読めた。 (新潮社、1900円+税)
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