家庭教師な広場
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超不思議な日本語
プロフィール
はじめに
第一章:五文型
第二章:品詞
第三章:不定詞・動名詞・現在分詞・過去分詞
第四章:発音
理科的英語

氏名: 渡〇晶〇

略歴: 1956年博多の三軒長屋に生まれる。 九州と言っても、
     日本海に面するので、寒く、すきま風で冬は凍えていた。
     超寒い冬の朝、自分が寝ていた部屋にあったコップの水が
     凍っていたのを覚えている。 兎に角、寒かった。 なので、
     九州人なのに、寒いのには強いが、暑さには弱い。
東光小学校、当時超不良中学だった東光中学校、福岡高校、九州大学理学部化学科と無事に進む。  

否、そうでもなかったかも。

中学時代、何もしてないのに、因縁付けられたことは何度も。。。 卒業式では、心の中でガッツポーズ! やっと、シャバに出れると。 涙なんて出ませんでしたね。 寧ろ、笑っちゃいました。 卒業出来ない先生方が気の毒だなぁーと思ったのを未だに覚えてます。 flash back

でも、他の教科と違い、
中学で新しく習い始める英語を、このボロ?中学校で中途半端に教わったお陰?で、自分で高校英語文法の参考書を購入し、逆に文法が得意になったと自負。

こんな事も有りました。 大学時代に、福岡高校のライバルの進学校(喧嘩でなく、学業で)出身の同じ理学部の奴に、「渡〇君は福高出身ばってんが、どこん中学ね?」と聞かれたので、すかさず、威張って「東光中学たい!」と答えたら、「えっ、とっ、東光ね。 よくこの大学に現役で受かったね!」と言われたので、「そうやろ! 凄かろー!」と自慢してやりました。 まぁ、九大は全国的に見たら、そんなに難しくないですが。。。

進学校だった福岡高校時代は超平和で、のんびり勉強のつもりが、高校2年で母親、更に、大学1年で父親を亡くし、仕方なく、家庭教師で生計を立てる。 所謂、苦学生。  

時代的(戦後11年生まれ)には、未だ大学進学が贅沢だったし、ましてや貧乏長屋の小せがれだったので、大学進学コースを選んだ事自体、間違いだったのに、何かの弾みでそうなった。 中学生の子供の考えなんて、浅いのだ! でも親が死んでしまうなんて想定外の想定外。 ほんとに参った。

普通に進まないのが、私の人生。 苦労しろって、神様が。

当時の国立大学は月謝3千円、年間3万6千円なので、助かった。 神は乗り切れない試練は与えない、一つだけ生きる道を残してくれると。 

しかしながら、これをきっかけに教える魅力を覚え、教え子は20名を超える。 生徒の弱点を見抜くのが得意。

大学を卒業した時は、第二次オイルショックで、就職口が少なかったが、何とか、外資系半導体企業のエンジニアに、引っ掛かった。

苦労が付きまとうが、崖っぷちギリギリを歩いて来た様な気がする。 

でも、就職した半導体企業が非常にいい会社で、運が良かったと思った。

工場立ち上げ等で、海外には、延べ18ヶ月生活の経験がある。 でも、残念ながら、上司、同僚が日本人ばかりで、英語を使う機会が少なく、あまり英会話が上達しなかった。 

なので、TOEIC test では、listening より reading の方が点数がいいと言う歪な結果となっているw  英会話の先生からは、あなたの脳は、理系脳だとも言われた。 納得。


好きな参考書: チャート式数学/英語

好きな言葉: 継続は力なり。 思いは人を動かす。

趣味: テニス、スノーボード、ロードバイク、ボクシング(観るだけ)、
     アルコール摂取

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なる様になる!