幻想の国
   Morocco

2007.4.21 更新

10日間のモロッコの旅は
カサブランカの
モハメッド5世空港→
から始まり
ここから帰国しました

モロッコのイメージは、この赤い色のサハラ砂漠でした
でも、砂(すな)砂漠は本当に一部で、以外に緑の多い国です





イスラム教の5行(ぎょう)・・イスラム教徒としての大切な義務をあらわす☆の国旗

ちなみに5行とは、
自分がイスラム教徒であることを告白する。 毎日5回の礼拝をする。
一生に一度はメッカに巡礼にでる。 ラマダン時期の断食。 喜捨(施し)
です

モロッコ、アルジェリア、チュニジア3国はマグレブ(日の没する地)と呼ばれ、フランス領でした
現国王の祖父に当たるモハメッド5世が、1956年フランスからの独立を勝ち取り、
モロッコ王国となりました

首都はラバト。面積は日本の1、2倍。人口は3500万人(アラブ人65% ベルベル人30%)で、
アラビア語(公用語)とフランス語が使われ、
宗教はイスラム教の中でも穏やかなスンニ派が多数を占めます


産業は、1農業、2リン鉱石の産出、3漁業(日本へはタコを輸出)、4出稼ぎ収入、5観光収入
の順になっています


日本との時差は9時間。
日本からはドバイ経由で、20時間以上も掛かる飛行時間で、遠い国でした



ではから・・です

スペイン語で、白い家という意味のカサブランカは、大西洋に面した人口500万人の経済都市です
白い家ばかりの町並みです


ハッサン2世の大モスク

ハッサン2世とは
フランスからの独立を勝ち取ったモハメッド5世の後を継ぎ、1998年まで40年間専制政治を行った前王


1993年に作られた大西洋に浮かぶ巨大なモスク

モスクの塔(ミナレット)の高さは世界一で、210mもあり、
敷地は9ha、世界第3位の広さのモスクは8万人収容できます

設計はフランス人によるもので、自動開閉の屋根や、床暖房など近代的な設備があるそうです
費用は、ハッサン2世が三分の一、国民の税金が三分の二で作られました

新しいこともありミナレットの緑と空の青、それに大西洋の海の青が、それはそれは美しいのですが
専制政治の象徴のように見えました
私たち異教徒は入ることはできません。何度も下がって、やっと写真に入る大きさです



モハメッド5世(フランスから独立を勝ち取った王)広場

カサブランカの新市街にあるなんてことないハトがいっぱいいる広場なのです(中央の碑にはモハメッド5世広場の表示)が
なにしろ、イスラム圏では女性の姿を写真に取ると宗教的に問題があります・・ので、なかなかカメラが向けられません
こんな風に目だけを出している姿の人もいます。広場を撮る振りをして、やっと撮ったものです






あまりにも有名な映画は
カサブランカを
世界中に広めました



Rick's Cafe(リックのバー)



映画『カサブランカ』のセットを再現したものが
ハイアット リーゼンシーホテルに
あります


ここで、カサブランカの映画を流しながら
ポスターを見たり
フレッシュなジュースやワインを戴きました

日本版のポスターもありました
やっぱりね

モロッコの観光客は
フランス人、スペイン人、イタリア人に続いて
日本の観光客が多いそうです

実際に撮影したのはハリウッドのスタジオです



ハンフリーボガード(リック役)と
イングリッドバーグマン(イルザ役)
の映画を
懐かしそうに見ている
私たちの旅仲間です

長い飛行時間の後だったので
ゆっくり疲れをとりました







モロッコの首都

ラバトは、17世紀にも半世紀のあいだ首都だったことがありますが
1912年以来、現在までモロッコの首都として政治の中心地になっている、緑豊かな落ち着いた街です

モハメッド5世廟


フランスからの独立を勝ち取ったモハメッド5世(中央)と
ハッサン2世とアブーラ(弟)の3人の墓が室内にあります

←外観は清楚で中は豪華な建物
モハメッド5世の息子のハッサン2世が1971〜73に建設




入り口にはカラフルな衣装の兵がいましたが
写真を撮っていい?と聞くと
笑顔で答えてくれました

モロッコは、殆どの建物や男性は撮影可能です
おおらかですよ




モハメッド5世廟の傍にあるハッサンの塔(茶色のもの)


1195年ムワッヒト朝のヤクーブ・万スールがモスクの建造を始めるが、4年後に死亡
工事は中断した
塔も88mの予定が、44mで中断されたのが、現在残っているもの
これでも、世界3位の高さ
(1位スペインのセビリアのヒラルダの塔・93m。2位モロッコ・マラケシュのクトウビアの塔・67m)

この塔は1辺16、2m。ムーア様式の傑作建造物です


1755年の地震で倒れたままの360本の円柱を残す
モスクの柱も、そのまま残されている広場



ここから
ブーレゲレツ川の向こうには、人々が住んでいる
サレの街が見えている
モロッコの町や村には、モスクのミナレット(塔)が中央に必ず見える・・風景です



ウダイヤのカスバ

カスバというのは二つのタイプがあります
街のカスバは回りに塀を取り囲んで、人々が住んでいるところです。ベルベル人の村のカスバは、家族が住んでいるところを言います

カスバは四隅に塔があるのが特徴です。日干しレンガでできているので、人が住まなくなったカスバは崩れ落ちて、廃墟になってしまいます
若い人はカスバに住まなくなっていき、今はレストランやホテルなどの観光用として、カスバの建物が建てられているものも多いです

このウダイヤのカスバは、12世紀のもの(外側の赤い壁)と17世紀のもの(中庭・・スペインのアンダルシア風)が混在しています

中庭には鮮やかなポピーが揺れていました。猫ちゃんたちがお昼寝するのどかなところです
裏の方には青い海の色を塗った外壁の路がくねっていました

添乗をしてくださった甲斐田さんとマスコットのHさんのにこにこショットも、忘れられないモロッコです



王宮

ルアー門から48haの広大な王宮をバスで走り抜けました


お昼はヒヨコ豆とレンズ豆のスープ。それにメアドルサという名前の魚のタジンを食べました。どれも、モロッコ特有の料理。とてもいけます!





ラバトから内陸へ3時間(140km)。 小高い丘(550m)の上にある 世界遺産に指定されている メクネスです
10世紀頃、ベルベル人のメクネッタ族が住んでいたのでメクネスと呼ばれたようです
17世紀、アラウイー朝のムーレイ・イスマイル王の時代は、ここメクネスが首都でした
1912年から56年まではフランス人が住んでいた新市街が、美しい町並みで残っています
飲酒を禁止しているイスラムの国なのに、ここでは美味しいメクネスワインの産地です



マンスール門

← この門は
北アフリカで一番美しいと言われている
1732年完成

ムーレイイスマル王が
マンスールさんに作らせました
マンスールさんは作っている最中に
キリスト教からイスラムに改宗したので
改宗者の勝利の門とも言われています

あまりに美しいので
これ以上美しいものを作られると困るので
ムーレイイスマル王の息子の
シデイ・ムハンド・イブン・マブラーによって
マンスールさんは殺害されたという
かわいそうな話が残っています

丁度、この前の道路が交通量が激しくて
全体が入るように撮るのに
苦労しました

何重にもなっていて奥行きのある門です


右は→
旧市街(メディナ)の塀や建物です




ムーレイ・イスマイル廟


モロッコで一番美しいと言われている
霊廟です
旧市街(メデイナ)の中にあります


鍵穴の形をした入り口→
モロッコの門や入り口の形に多いのです

ここから幸せが入るように
幸せの形を表わす鍵の形と
本には書いてありましたが

ガイドのアリさんは、アラブの馬のひずめの形だと説明してくれました
どっちがホントなんだろ?


見事なタイルの床
壁の漆喰は、スペインとモロッコ様式の混合
天井はアトラス杉の細工

中は広く、噴水のところまで土足で
それ以上は靴を脱いで入ります


←左は

タイルの壁にあるへこみ
ミハラブ(メッカの方向)を示しています
このへこみに向かって話すと
声が反射してみんなに聞こえるそうです





いよいよ 世界一の迷路の町 です
1981年世界遺産に登録されました。丘の斜面にある坂道の町です

ここはアラブ王朝の初めての都です
8世紀に始まり、13世紀のマリーン王朝で最盛期を向かえモロッコの首都になりました
街は、8世紀に作られた旧市街(メディナ)、13世紀に作られた新フェズ、30世紀になって作られた新市街に分かれています

これは町全体が見える丘の上からの写真です・・急に土砂降りの雨に降られて、少しぼんやりとしてしまった街の遠景です




フェズの旧市街にあるハミッドさんの家にお邪魔して、ミントティーを戴いたり、家の中を見せていただきました
奥さんの自慢のキッチンやテレビのある居間、トイレまでも写して しまいました・・ごめんなさ〜い
外側に開いた窓は少ないのですが、家の中はパティオ風のルーフウインドウで明るく広いので驚きました。飾ってある花はみんな鮮やかな造花でした






ここは王宮の七つ門です
近寄ると、鮮やかなタイルのモザイクで作られたモーレスクという模様や、ブロンズ(スズと銅の合金)の見事な細工が素晴らしい扉でした


モーレスク


ブロンズ
ブロンズはレモンで磨くと輝きます





フェズのメディナ(旧市街)・・迷路のスーク(市場)

スークの入り口。カラフルな肉屋さん・・羊の頭や足が、そのまま並んでいます。つっかえ棒だらけの路地。女性のカラフルなジャバラ屋さん

(注・ジャバラというのはモロッコの民族衣装のようなもの。フードのついた長いマントのような服です。ベルベル人以外は、女性は鮮やかなものを着ていました
ちなみに、下の写真でピンク色を着ている女性。この方は、若くはない。50代以上の人でしたよ・・みんな明るく派手な色がお好みのようです)

ガイドブックなどで、スークは足元が暗いから懐中電灯が必要と書いてあったので用意していきましたが、そこまでは暗くなかったです



はぐれないように、みんなでぞろぞろ歩きました。ここは車は通らないけれど、時々ロバが荷物を運んでくるのでぶつからないよう気をつけて!
露天のネックレス屋さんの猫ちゃん・・眠くて目を開けてくれない・・猫ちゃんがあちこちに寝そべっている街でした

アラブ野郎がカメラでバチバチうるさく撮るので、撮ってあげました。こうして撮ったものを、後で売りに来るのです。日本製のキャノンのいいカメラを持っていました

フェズで最古の神学校・
サファリーン・マドラッサ(右下)・・丸い天井は、ろうそくの煤で真っ黒です



フェズ焼きの工場も見学しました

アラブパンは、丸くて外側がカリッとしていて、とても美味しかった。その他、フランスの植民地だったので、ホテルではクロワッサンもたくさんでました

ネリンジャー広場にある
ネリンジャー・フンドーク(右上)は、18世紀に建てられたもので、元ホテルです
旧市街の
ブロンズ屋さん・・ミントティを入れる急須や皿など、金槌で叩いて模様を作ります。このまま火にかけても大丈夫だそうです



皮屋さんの屋上から、皮の染色をするところを見ました
すごい臭い!ミントの枝をもらって臭い消ししながら見ました。『今日はまだ臭いが少ない方です』と、添乗員の甲斐田さんが教えてくださいました
赤い色はポピーの花、緑色はミント、黄色はサフランから採った色で染色しているそうです
下のショップで、かかとを潰した
バブーシュという靴とショールダーバックを買いました。少し皮の臭いはするけれどきれいな色です



昼食は
野菜をかけた
クスクスを食べました


クスクスは
デュラム小麦の粗挽粉に水を含ませ
調理後の大きさが1mm大の
そぼろ状にしたものです

上に掛けるもので色々応用できそうです

スーパーで売っていたクスクス

右はミントティーです
緑茶の中にミントと
砂糖を山盛り入れた甘い飲み物です


次はアトラス山脈を越えて、サハラ砂漠に向かいます・・こちらからどうぞ