ヨルダン

 ジェラッシュ遺跡 (S撮影) 

BC335年アレキサンダー大王の時代に栄え、BC63年ポンペイウスによりローマ化、AD4世紀にはビザンチンの時代になり多数の教会が造られました
 AD7世紀からイスラムの支配下に入りましたが、749年の大地震によって崩壊し、 1806年からやっと、ドイツにより発掘作業が始まりました
 1920年から、ヨルダン政府による本格的な発掘が始まったそうです 

史跡の入り口 青い空に、表情のある雲・・広い広いところです




馬車道
小高い丘から見た史跡の全体




チャリーティの募金活動をしていました
円形劇場の音響効果は、素晴らしかったです
みんなで募金をしてきました
競馬場の址






聖ジョージ教会


この教会には
6世紀のエジプト、ヨルダン、イスラエル、
パレスチナ近辺の地図を描いた
モザイクがあります

このモザイクは
かっては長さ15m、幅5mあり
200万ピースのモザイクだったと
言われています

今は一部のみしか残っていませんが
死海やヨルダン川、パレスチナなどを
見ることができるそうです


(S撮影)




ネボ山

ここは預言者モーゼがカナンへ向かう途中、120歳で亡くなった所です。丘の上にはモーゼのモニュメントがあります。ここからは死海(左上)やヨルダン川が一望できました
出発前に、手塚治虫の「旧約聖書物語」を再読していったので、このあたりのことは少し解かりました


モーゼ終焉の碑(S撮影)

モーゼのモニュメント


標高600mのネボ山にある教会

先日亡くなったパウロ2世が2000年にここを訪れています
教会の中にあった写真を写しました
教会の中の祭壇





(S撮影)


死海は塩分濃度が33%もあるので
足ばかりか手まで水面から出しても浮いてしまいます
 海底に真っ黒な泥があり
この泥で、泥パック療法が行われています
肌がすべすべになります


残念ですが、私は体調が最悪で入れませんでした
みんなのお写真を撮ってあげました

すぐそばには
ホテルの真水のプールがあり
すっかりリゾート気分で、みんな大はしゃぎです


向こう岸はイスラエルです





世界遺産ペトラ遺跡の観光は、3日間何も食べられなかったのに、気力で連れて行ってもらいました
みなさんに助けてもらって、迷惑をかけながら1日中歩いたり、ロバに乗ったり、登ったりしました

初めはこういうなだらかな丘のような墓が続きます・・道はなだらかな下りです


やがて切り立ったシクと呼ばれる深い谷に入ります
そして、岩の狭い隙間から、突然・・エル・カズネと呼ばれる神殿(?)が、天を突いて現れます
これが、映画「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」の舞台になったところです



化石を売る少女(S撮影)


エル・カズネからロバに乗って、急な石段を800段近く行きました
どこに行くのかも知らずに、振り落とされないように必死にしがみついていただけです

あんな山の上で
アクセサリーを売っている人たちが
たくさんいました
修道院といわれているエド・ディル・・ここが最後の目的地です。岩をくりぬいてできています


マーブル模様の岩ばかり エル・カズネまで歩いて降りて、そこから馬車に乗りました・・ ものすごい振動で舌を噛みそうでした(S撮影)




(S撮影)
ぺトラのホテルに居た 猫ちゃん

ぺトラの夕日


ぺトラでの奇跡的な1日に感謝しました

が・・その後が最悪の体調になりました
可愛い猫ちゃんを見て
独りお留守番をしているクロ(黒猫)のことを
思い出しました

どうしても、元気になりたい
早く会いたい・・と思いました







ぺトラから
再び砂漠の高速道路を通って
ヨルダンの首都、アンマンに
帰ってきましたが
観光は出来ませんでした

病院で点滴したりして
ホテルで休みました

ホテルの窓越しに見た
アンマンの町です

ホテルを出発して空港に向かおうとしていたとき
バスのすぐ横の道路で
お祈り用の絨毯を敷いて
お昼のお祈りを始めた人が居ました


悪いなあ・・と思いながら
カメラを向けてしまいました

ごめんなさい


最後に寄ったレストランで、やっと少し食べられました 古い要塞だったところで、すばらしい建物でした ショップで、四角い小皿を買いました

体調を崩したので、これまでにない 忘れられない旅になりました
お世話になったみなさん どうもありがとうございました


アラブ geri geri 旅日記」をエッセイしました
読んでいただけたら、とても嬉しいです

10月18日