あやさんの思い

                            2008.9 きょうこ作

1. 

あやのお母さんがなくなって、また何年かたちました。あやは、今もふるさとへは帰れず、病院で暮らしています。

今日は、近くに住む子どもたちが、あやの話を聞きにきました。

「ここはね、わたしたちが子どものころ、かべに穴をあけたところだよ。外を見たくてふるさとを見たくて、こつこつ、こつこつ、たたいてあけた穴だよ。ほら、見てごらん」

子どもたちが、台にのって、背伸びをしながらのぞいています。

「かべは、病院のまわりを囲っていたんだよ。今は、このへんだけになったけどね。このかべの中だけがわたしたちの居場所だったよ。病院なのにね。なぜ、かべがいるのかねえ?」

 

2.

「ここは、かんきん室だよ。家に帰りたくて、病院から出たら、かんしのありにつかまってね。ここにいれられたんだよ。おなかがすいて、畑のいもをぬいて食べたら見つかってね、そして入れられたありもいるよ。一度ここに入ったらみじかくて1週間は出られなかったよ。ごはんはね、1日に1回だけ。ふとんは1枚だけ。へやにはトイレと高いかべの

上のほうに空だけが見える窓があるだけだったよ。病院なのにね。なぜけいむしょみたいな場所があるんだろうね。」

病院は病気の人を元気にするお手伝いをする所だと思っていたけど、この病院はそうではなかったのよね。

 

3.

「ここは、火そう場だよ。死んだらここでやかれたんだよ。友だちが運んでね、火をつけたよ。けむりが出てきてね、さいごは、小さなほねだけになった。ほねを拾って、このつぼに入れるんだよ。小さいでしょ。両手に入るくらいの大きさだよ。残ったほねは、あっちの森の中にすてていたの。ほねの山ができるくらいにね。病院なのにね。どうして火そう場があったんだろう。」

 

4.

「ここは、納骨堂だよ。ほねが入ったつぼがたくさんあるでしょ。そうだね、1270くらいはあるかな。この病院で死んだら、この納骨堂に納められるの。わけがあってね。死んでもふるさとへは帰れない人もいるの。わたしも死んだらたぶんここに入ると思うけど、この小さな納骨堂に居るより、この地球の上を、心もからだも自由になって、風や雲のようにかるがると旅をしたいな。

 

 

5.

「ここは動けなくなったありたちの家だよ。あらら病は治ったけどね、目が見えなくなったり、手が動かなくなったり、歩けなくなったりしたありさんがいるんだよ。ここではね、ごはんを食べさせてもらったり、みのまわりの世話をしてもらうんだよ。目が見えないけど、舌で字をよんでいるありさんもいるんだよ。」とっても不自由で苦しい事がたくさんあるけど、それに負けずに少しでも楽しく過せるように、明るい笑顔でがんばっているんです。

 

6.

「ここは、わたしの家。」

あやのへやには、家族の写真がありました。毎日お母さんとお父さんに手を合わせます。ふるさとを離れて52年が過ぎました。父と母のことを忘れることはできません。

それから、この人形は、遠くに離れて行く私に「お母さんだと思って持っていなさい」ともたせてくれた人形なの。さみしい時悲しい時、この人形がなぐさめてくれたの。

あやのへやには、もうひとつ人形がありました。

「これはね、産んであげられなかった・・・・・わたしの子ども。ここではね、子どもを生むことが禁止されていてできなかったからね。」

 

7.

ありの子どもがあやさんにたずねました。

「あやさんが、最近つらかったことはなんですか?」

「そうだねー。最近むかしの友だちが来てね、こんな話をしていったんだよ。わたしがまだ家にいたころの話だよ。病気がわかって学校に行けなくなってから、先生は、わたしの机をみんなの目の前でやいたそうだよ。あー、やっぱりなぁって思ったけど、何度もくり返し考えるけど、聞かなければよかったって思うよ。

先生はなぜ生徒の見ている所で焼いたのかな。

 

 

8.

「つらかったことは思い出したくないけどね。昔のことはみんなつらい思い出ばかり。」

子どもがたずねました。

「あやさんは、どうしてつらいのに、わたしたちに昔の話をしてくれるんですか?」

「なんどもやめようと思ったけどね。でも聞きにきてくれる子どもたちがいるからね。もうちょっとがんばろう、もうちょっとがんばろうって思っていたら、もう7年たったよ。これは、わたしの問題だからね。にげたらいけないと思ってね。わたしたちみたいに、病気になったからって、一生病院にとじこめたりすることがこれからはないようにしてほしいって願っています。


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