アセビの語源  足廃(アシイ)の意 有毒植物で馬が食べると脚が萎えたところから  和泉晃一 050831060225

アセビの木は、一見、普通の潅木のようにみえる。だが、よく観察すると、意外なことに気付く。
この木の樹高は2・3メートルほどで、さほど高くない。しかし、ときに5mをこえるかと見上げるようなアセビに出会って驚かされることがある。生育条件がうまくマッチしたのに相違ない。
アセビは経験上、平地よりも、むしろ山地に多く、しかも低山から、かなりな高山まで分布しているものとつねづね考えていた。それで全国どこでも見られる木かと思っていたら、本州は宮城・山形両県以南にしか自生していないという。この木は暖温帯林にしか育たなかったのである。

アセビは、早春に白いスズランに似た可憐な花を、多数鈴なりに垂れる。花は壷型で房状に群生する。花色は白のほかピンクもある。株たちもよく樹形も面白いので、しばしば庭木や盆栽仕立てに利用される。 

アセビの花の特長は、その花期が長いことである。早いところでは、まだ肌寒い早春の2月ごろから咲き始め、夏にかかる5月のころまで咲き続ける。

この木は、花期が長いばかりでない。花が終わると実を結ぶが、そのころ一方では、はやくも来春の花芽に備え、つぼみが伸び出てくる。1年前の夏ごろから、つぼみが付き始め越冬するのだ。これほど早くから越冬準備をする花は、ほかには例を見ないであろう。
アセビは、スズランに喩えられるように、その花は可憐である。しかし、その可憐さに似 ず、この木は意外にも有毒植物であった
のである。
         花期を終えると、来年の花芽が伸びだし、茶褐色に変色する    

アセビはツツジ科の植物である。ツツジ科には有毒植物が多いので注意が必要だ。

例えば、レンゲツツジがそれで、漢字で羊躑躅(ヨウテキチョク)と書かれる。「羊が立ちもとおり、せぐくまる」意味である。つまり、この木の茎葉を食べた羊は、ふらふらになり、立ち止まり、うづくまってしまう、というのだ。その羊躑躅という言葉が植物の名前に転化されたのである(正確には、レンゲツツジは羊躑躅ではない。レンゲツツジは日本各地に自生する小型落葉性のツツジ。羊躑躅はシナレンゲツツジと呼ばれ、長江流域の各省から広東省・福建省まで分布する中国特産のツツジである。古書では、両者をしばしば混同して用いる)

次に掲げる事例は、実際にアメリカで起きた「羊のアセビ食中毒事件」ともいうべき記事である。

1978年8月、アメリカのカリフォルニア北部シャスタというところでおこった事故は、道に迷った羊たちがアセビの仲間である野生種を食べたものだった。広い牧草地のなかには、まだ野生種が多く生えていたのだった。群れのすべてが食べたかどうか分からないが、様子がおかしくなったのは200頭のうちの20頭だった。羊たちは大量のよだれを流し、激しい下痢と嘔吐をくりかえした。そして悶絶しながら腸から大量出血するという悲惨な状態に陥り、2頭が命を落とした。

死んだ羊を解剖してみると、胃に葉っぱの断片が残っていた。胃の炎症は少なかったものの、毒が胃壁の神経系に作用したことが嘔吐を引き起こした原因ではないかと見られた。また、呼吸器が炎症を起こしており、心臓の周りには大量の出血があって、表面に現れないダメージがこの毒の恐ろしさを物語っていた。

[「毒草を食べてみた」(植松黎、文春新書)から]

アセビには、特に葉や樹皮、または花に、強い薬理作用を持つ有毒成分のアセボトキシンやグラヤノトキシンVなどを含む。誤食すれば腹痛・嘔吐・下痢を引き起こし、重くなれば神経系の麻痺や呼吸中枢を麻痺させ、量によっては死を招くことさえある。これら毒成分は、アセビの仲間であるレンゲツツジやセイヨウアザレアにも含まれるが、家畜類はこれらの植物を食べることなどはめったにないといわれる。

ところが、羊躑躅という漢字があることから考えると、羊が毒草であるアセビを食べ、ふらつく――という事実を、漢民族は古くから知っていたようだ。同様に、わが国においても「万葉集」にアセビが『馬酔木』と漢字書きされている。この漢字は、どうやら馬がアシビを誤食したことに関連して生まれた言葉であるらしい。古代、日本人がこのような知識を持っていたことを念頭におきながら、アシビという植物名の語源の検討に入りたい。

 

1.                  足廃(アシヒ)

今アセビという植物の古名はアシビである。「万葉集」では『馬酔木』の和製漢字を当て、アシビと訓ませている。

馬がアシビの茎葉を食べると、酔ったように足をふらつかせることから、これが『足廃』(旧カナ遣い:アシヒ)と呼ばれた。このアシヒが本樹の名前に転訛されアシビとなったもの。

アシヒ(足廃)とは、びっこを引くなど、足を患うこと、足の病(ヤマイ)にかかった状態をいう。

一般的に、シヒ(廃)は肉体的に欠陥のある状態、すなわち疾病にかかっている状態をいい、足の悪い場合がアシヒ呼ばれた。同様に、目の悪い場合がメシヒ(目廃)であり、耳の悪い場合がミミシヒ(耳廃)である。

日本語の場合、普通、コロコロ・トントンと清音で発声すると、可憐で、優しく、穏やかな印象を与える。ところが、それを濁音化して、ゴロゴロ・ドンドンといえば、それは恐ろしく、不安で、ただならない印象を与える。日本語の濁音に、このような特殊効果がある。そんな効果を期待して、清音のアシビからアシビへと末尾を濁音化したに違いない。


   
   つぼ型の可憐な花を群生するアセビ。実は恐ろしい毒がある     

ところが、アシビの濁音化は、単に発声音の効果だけに止まらず、意味上の変化をも合わせもたらした。
すなわち、ビはミ
(実)に通じる。アシビは『悪し実』なのである。アシビは、この木に毒があり、恐ろしい木であることを強く警告するコトバになったのである。

 

アシビは、春に白い可憐な花を群生し、秋に果実を付ける。密生する果実がこの木の毒性を物語る。だが、この毒は怖いばかりのものでない。「おばぁさんの植物図鑑」(文・斉藤政美、語り・椎葉クニ子、葦書房)は、かつてアセビ毒を害虫駆除に用いたと、次のように話す。

アセビの葉や樹皮、花には強い毒成分が含まれていて、家畜等が誤って食べると少量でも死んでしまう。そんなことから昔から害虫等の駆除に広く利用されてきた。

「終戦前後は農薬が全然なかったから。だから昔はこれが枝を折って、野菜のうねかいた間々のあちこちに挿してさるきおったですょ、虫除けに。そうすっとにおいを感じ、虫たちは逃げおったのでしょうね。それと昔は牛にシラミができおったんですょ。そのときはエバナ(アセビ)を鍋にいれて、炊いて煎じて、そして冷やしてからそれで牛を洗うと、シラミが全部死におったです。勿論、牛が自分の体を舐めんように、ぴしゃっと繋いでからですょ」

 牛は賢くてこの葉をたべることはないが、ヤギをこの木につないだら終わりである。

上の例に見るように、かつて農家では家畜の寄生虫駆除のためにアセビを用いたほか、便所のウジ殺しに小枝ごとに叩いたり刻んだりして、カメのなかに放り込んだ。また、一部ではその薬理効果を、ケジラミやカイセンの外用薬としても利用した。

 

2.                  万葉のアシビ――馬酔木をめぐって

 

「万葉集」には、アセビの歌が全部で10首載っている。その原文の表記についてみると、漢字書きした『馬酔木』3、『馬酔』3の6首と、万葉カナ書きした『安之婢』3、『安之妣』1の4首で、合計10首である。この表記の違いにかかわらず、いずれもがアシビと音読みされている。

原歌をアシビの表記別に列挙すれば、次のとおりである。

(1)      馬酔木

   @(イソ)(ウエ)()うる馬酔木(アシビ)()()らめど見すべき君がありと言はなくに   (万166)

Aおしてる 難波を過ぎて うち(ナビ)く 草香の山を 夕暮れに 我が越え来れば 山も()に 咲ける馬酔木(アシビ)の 悪しからぬ

君をいつしか 行きて(ハヤ)見む   (万1428)

    Bみもろは 人の()る山 本辺(モトヘ)には 馬酔木(アシビ)花咲き (スエ)()には 椿花咲く うらぐわし 山ぞ 泣く子 ()る山  (万3222)

(2)      馬酔

@かはづ鳴く吉野の川の滝の上の馬酔(アシビ)の花ぞはしに置くなゆめ  (万1868)

   A我が背子(セコ)()が恋ふらくは奥山の馬酔(アシビ) の花の今盛りなり    (万1903)

    B春山の馬酔(アシビ)の花の()しからぬ君にはしゑや寄そるともよし     (万1926)

(3)      安之婢

@鴛鴦(ヲシ)()む君がこの()()今日(ケフ)見れば安之婢(アシビ)の花も咲きにけるかも  (万4511)

A(イケ)(ミヅ)に影さへ見えて咲きにほふ安之婢(アシビ) の花を袖に()()れな     (万4512)

B磯影の見ゆる(イケ)(ミヅ)照るまでに咲ける安之婢(アシビ)の散らまく惜しも      (万4513)

(4)      安之妣

@安之妣(アシビ)なす栄えし君が()りし井の石井(イシヰ)の水は飲めど()かぬかも    (万1128)

「万葉集」のアシビの表記は、漢字書きした場合の2通りと、万葉カナ書きした場合の2通りがある。両者の間には、その意味に特段の違いはないように見える。強いて言えば、

A.漢字下記の『馬酔木』または『馬酔』は、意味を持った表意文字であること

B.万葉カナのビ(婢・妣)は、上代特殊仮名の甲類であること

2点が指摘される。

Aの『馬酔木』という漢字名については、中国系渡来人の発案によるものである、と「植物の名前の話」(前川文夫、八坂書房)は次のように述べる。

アセビ一名アシビは漢字で馬酔木と書き・・・おそらく奈良朝以前に、日本の土地で、しかも中国の人士によって生み出された当時の斬新な名前であったものだと思います。・・・この木は日本では山地に多いもので、暖地にもあれば、存外に高いブナノキのあるような辺りにある木で珍しくありませんが、中国ではめったにみかけない木です。・・・事実また中国の古い書物にはこの名は出てきません。・・・

奈良公園にはことにアセビが多く、白く細かい(フサ)になった花が咲くのは風情がありますが・・・枝にもアセボトキンという有毒成分が入っているのを、鹿は恐らく永い間の習慣からでしょうが、よく心得ていて、他の大抵の木の皮を剥ぎ、葉を食べるのに、アセビだけは敬遠した結果が今の景観を作り上げたのです。

鹿だけでなく、ヒトもまた・・・こうした有毒のものは特別に注意したに相違ありません。それには何か目印になる特徴を捕まえて、その特徴を短く言い表した名にしておけば名実ともに都合が良かったわけで、これが名前の最初で、基本的な形式でした。<中略>

奈良朝、またはそれより前に日本の文化の中心に、大陸の文化を持ってきた中国人たちは、どちらかというと黄河の流域に発展していた文化の持ち主たちでした。この人達の生活には、北方の馬が大きく入り込んでいました・・・この馬が政治の中心だった大和地方に中国の人達に伴われてやってきたことは十分にいえます。ところが悲しいことに、中国の北部の植物と日本の植物とではだいぶ違っていまして、アセビのような樹木には、あちらでは普段に全く接していないため、馬にはアセビを有毒なものと判断する本能に欠けていました。馬が大和にたくさんあるアセビ盛んに食い、くっては中毒する騒ぎが何度も行われたことも、また大いにありうることでした。日本へやってきていた中国の人々にとっては、かけがいのない馬の中毒は重大な事件であるとともに、その原因になる植物の識別は、これまた重大案件だったと思われます。こちらの人に聞いてみると、アセミとかアシミとかいう名を教えてくれました。何とかこの発音を漢字に写し、同時に意味の取りやすい文字に表現しようとしました。そこでa-se-miに似せた音を、馬が中毒して酔っぱらう木だという事実とを引き懸けてma-sei-mu、すなわち馬酔木と置いたのでないか、と私は考えている次第です。

 

次に、Bのアシビが万葉仮名書きにされている問題がある。

アシビのビは上代特殊仮名で甲類である。これが乙類でかかれた場合に比べて、どれほどの差があるのかは不明である。このビは万葉仮名で書かれているとはいえ、ビという発声音の問題である。古代にはあったという乙類のビがなくなって以来、長い年月がたった今となっては、甲類と乙類との音感の差を知りたくても、その手立てがない。しかし、「万葉集」の歌を見る限り(表記の如何にかかわらず)、アシビの詠歌における特徴をいくつか指摘することができる。

第一に、万葉の10首の歌がすべてアシビの花に関して詠まれたものである――ということである。しかも、その花の色は白であったと思われる。

歌が詠まれた状況は、それぞれに異なる。だが、10首すべてがアシビの花に統一されているというのは見過ごすわけにはいかないだろう。特にアシビの漢字名が『馬が酔う木』に由来するものであることを思えば、『馬の毒』に関連した歌が一首もないというのも不思議なことである(「悪し」に関係した歌が2首ある(1428,1926)。これとても、アシビという植物名のアシに懸け、しかも「悪しからぬ」と否定した形で用いている。アシビの花が有毒である、という意味に用いたものではない)。恐らく、万葉の歌人にとっても記憶にないほど遠い昔に、アシビの名前が生まれていたに違いない。当時の歌詠みたちにはアシビという“ことば”があるだけで、その由来など知るよしもなかったのであろう。

第二に、水辺のアシビが詠われていることである。万葉の歌では、「磯の上」(166)や「川の滝の上」(1868)のアシビであったり、「鴛鴦の棲む山斎」(4511)に咲くアシビであったり、あるいは「池水」に影を落とし(4512)、あるいは水に映えるアシビ(4513)を描き、また1128番歌は「井戸水」に関連して詠っている。アシビの咲く場所はさまざまに異なるものの、奇妙なことに、これらはいずれも水辺に生える点では共通する。恐らく水の持つ清澄性や清純性が、アシビの白い花の清らかで可憐なイメージにマッチしたところから、このような歌となったものだろう。これに関連して思い出されるのが、アシビのビが甲類の仮名という問題である。(ビの仮名ではハッキリしないが)ヒの仮名は、甲類が「日・氷」、乙類が「火」と書かれる。甲類の方の語感に、澄み切った透明感が強く感じられるが、私だけであろうか。

第三に、アシビが「栄え」とか「盛り」の比喩として用いられている。すなわち、1128番歌では「アシビなす」が「栄え」へつづく序であり、1903番歌では「アシビの花」が「盛り」の序として用いられている。これはアシビの花が群生するさまから導かれたものであろうが、早春にむらがり咲くアシビの花に「豊穣の予祝」を見たに相違ない。

 

3.                  枕詞「あしびきの」

 

 山にかかる枕詞で『あしびきの』という語がある。この枕詞はアセビに由来するものと私は考えている。

既に見たように、アセビの語源は『アシヒ(足廃)』で、足の機能を失うこと、すなわち『足の病』にかかった状態をさす“ことば”である。

それで、アセビの木が有毒で、誤って食べると『アシヒ(足廃)』となるところから、これが『アシヒの木=アシヒキ』とされた。アシヒキ(足廃木)とは、家畜が誤って枝葉を食べると『足のヤマ(病)にかかるほどの危険な木』の意味である。それで『あしひきの』という語は、ヤマ(病)と同音の「山」にかかる枕詞として成立したのだろう。当初、枕詞「あしひきの(足廃木の)」は清音であったが、樹名アシヒがアシビと濁音化されるに及び、枕詞も『あしびきの』と変わり、語義も「足廃木」から「足引」へ変化したのに相違ない。

枕詞『あしひきの』の4音目のキは、当初は「木」の乙類であったものが、四段活用の動詞「引き」の甲類へと変わった。これにともない、『アシヒキ』が『足の病の木』から『山登りに苦労するので足を引く』の意に解されるようになったものと思われる。

 

さて、枕詞『あしひきの』について、「日本国語大辞典」(小学館)に次のような説明が載る。

(1)     上代の用例で一字一音の仮名書きになっている場合は、キは乙類の仮名が使われている。しかし、万葉には「足引・足曳」など訓仮名で表記された例も中期以降のものに見え、この場合は「キ」の甲類である。したがって、万葉の中期には、既に原義が不明になっていて、当時の語源解釈からこのような文字を当てるようになったものと推定される。原義的には「ひこづらふ」などの「ひこ」の変化したものという説がある。「コ」は乙類の音であるので、「キ」乙類に転ずる可能性があるという。そのほか古来種々の説があるが、確定性はない。なお、平安時代のアクセントでは「あしひきの」の「あし」は、足のアクセントとは異なり、葦(アシ)と同一だという。

(2)     山や山を含む熟語にかかる枕詞として「万葉集」では詠み人知らずと撰者時代の用例に限られているので、撰者時代に復活した歌語と思われる。

上文(1)は、アシヒキのキが乙類から甲類へ変更する問題である。これを説明するのに、「ひこづらふ」(ひっぱる、ひきづる)の「ひこ」(コ:乙類)を使っている。つまり、うまくアシヒキの説明をつけるために、ヒコ→ヒキと迂回せざるをえないのだ。この点に関しては、先に述べた足廃(アシヒ)()説では、乙類問題がすんなり説明でき、また枕詞の山へのかかり方もスムーズのように思えるが、どうであろうか。

次に、(2)に「撰者時代に復活した歌語」とあるのは、恐らく、柿本人麻呂あたりが「引き」に対し加えた語源解釈を指すものかと思われる。枕詞「アシヒキ」の原義、すなわち「足の病をひきおこす木」という意味が忘れられ、「を登るのに疲れて足をひく」という新しい解釈が試みられたのだろう。

 

4.                  その他の語言説

 

アセビの語源説につき、次に、その主だったものを紹介する。

「大言海」(大槻文彦、冨山房、1932-35)には

馬酔木(アシビ) 馬ノ足廃(アシジヒ)ノ略ナラム[足結(アシユヒ)、あゆひ]。連声(レンジャウ)ニハ、濁音顛倒(テンタウ)スルコトアリ[(カブリ)、かがふり。(ホゾ)、とぼそ]。馬コノ葉ヲ食ヘバ酔ヒテ、足ナヘグトイウ。有毒ノ草ニテ、今コノ木ヲ馬ノ附子(ブシ)トモイフ。 

「注」 附子:トリカブト。 (旧仮名遣いによる)

とある。このアシジヒ(足廃)説については特に説明するまでもなかろう。言うまでもなく、1節に述べたアシヒ(足廃)説は、基本的には本説を踏襲するものである。

 

また、「日本語源」(賀茂百樹、1930)には次のようにある。

馬酔木(アシミ) ()()()()()()足萎(アシミ)などの説あれども、馬酔の名によれば、(アシ)()なるべし。肥後にてヨシミといふは葦をヨシといへる如く、反語なり。俗にアセミとも、アセボとも、ヱセヒともいふ。このヱセヒといふより思ふに、ヱセ人などいふヱセにて、ヱセはアシ人なるべし。アシのイセ、ヱセともいふにて知るべし。

散木集 「取りつなげ玉田横野の放れ駒つつじの岡にあせみ咲くなり」   「注」 旧仮名遣いによる。

上文にいう相繁実、赤白実、足萎とは、次のような事由から名付けられたものだろう。

         ()()() 果実がびっしりと群生しあうことに基づく名。

()()() 白または紅色の花がたくさん咲き、多くの実をつけることに基づく名。

足萎(アシミ)   アシビを食った家畜は酔ったようになり脚が萎えることに基づく名。

しかし、「日本語源」は、上の説をすべて排し、馬酔という名から「悪し実(アシミ)」説を採用したいという。なぜなら、(a) 「悪し実」は(葦をヨシと言うように)反語である。肥後にヨシミ(芳し実)という方言も残っているし、また(b)散木集にも「有毒なアセビが生える所では、誤食しないよう馬をしっかり木に繋いでおけ」という意味の歌があると主張する。

 「悪し実」説は、決して間違っているものではいないが、これが「枕詞・あしひき」に関係することについて、もう一歩踏み込んだ検討がほしかった。

 

「植物の名前の話」(前川文夫、八坂書房)は、アセビの熟した果実がハゼルところから、次のような「爆ぜ実」語源説を唱える。

(アセビの)アセは、割れる意味、すなわちハゼルのハゼです。アセビはハゼる果実のなる木の意味です。・・・それでは、なぜハゼる果実が区別に役に立つかといいますと、アセビは春の花盛りを過ぎると、それから長い間、薄紫の小さい丸い果が葉の集まった枝の上についていて、すぐに見分けがつきます。熟するとこれが割れますが、この割れた実が茶色になって、また長い間枝の上に残っていますし、ことに冬から春へかけて、常葉の葉の上に残った様子はまことに著しいものです。このことは他の植物から区別するのに、端的でしかも十分な区別でしょう。・・・

ハゼミやハセビは、どちらが先かは分かりませんが、やがてHaのHが脱落してしまって、aだけになってしまい、一方ではこの名が各地に広がるにつれてセはシに変わるものもでき、またミはビ、モ、ボ、ブ等の訛を受けて、いろいろな組み合わせになったのが現状であるとして、まず差し支えはなさそうです。

アセビの樹名には、これとよく似た方言が各地にたくさん残っている。アシビ(静岡・山口)、アシブ(出雲)、アセブ(三重・兵庫・岡山・高知・愛媛)、アセボ(青森・岩手・山形・埼玉・静岡・愛知・岐阜・三重・奈良・和歌山・岡山・山口)、アセモ(江戸・愛知(北設楽東南部)・熊野・三重(南西部))などがその代表的なものだ。中国から近畿・紀伊半島を経て、伊勢・志摩に至る地域にかけて分布する。この分布状況から見るに、アセビ系の方言は奈良盆地に源を発し周辺へ波及していったと推定される。この植物の標準名がアセビとなったのも納得できる。

しかし、アセビの語源をハゼミ(ハゼ)()とするのは、以下に述べる2つの理由から疑問である。

まず、ハゼミという方言がどこにも見当たらないこと――。ハゼミのハの子音が脱落し、アセビに変わりやすいことについては、観念的に理解できる。実際、アセビ系の方言は全国に多く残っている。だが、奇妙なことに、そのアセビ系の元になったはずのハゼミ系の方言が一つもないのである。つまり、アセビという語はハゼミという“ことば”から派生したのでなく、なにか別の“ことば”から派生したと考えるべきだろう。

次に、ハゼル果実について――。アセビは、花後1月ほど立つと果実は上向きとなり、晩秋には熟す。果実は扁平球の5-6mmのサク果。これが五つに裂け茶色に変色したまま枝先に残るので、ハゼミが転じアセビの名になったとハゼミ説はいう。

ところで、この果実がハゼルことに特徴があるものとすれば、素直にハゼミとすればよいのではないか。なにも「ハ」の子音hを落としてまでaへ変換する必要はないものと思われる。

以上、二つに共通して言えることは、この説が「ハゼル」に余りにも拘り過ぎたため、無理にでも子音を落とす羽目に陥ったのである。「ハゼル」という発想そのものに無理があった、といわざるを得ない。

 

アセビ(古名アシビ)の語源を「遊び(アシビ)」とする考え方がある。「語源辞典」(吉田金彦、東京堂出版)は、アシビ語源説について、次のように述べる。

アセビという発音は後世のもので、古くはアシビであったろう。<中略>和語アシビの語源は、アソブ(遊)の連用形名詞の変形アシビであって、そのアシビの中には「足」の意味が構成要素としてある、と見たい。歩いたり踊ったりする足、その足でもって動作することがアシビ(遊)で、古代人は山遊(ヤマアシ)ビをしたから、山の枕詞にアシビキを使ったのである。

従来アシビキの山というとき「足廃(アシヒキ)乃山」(万葉集・670)、「足痛之(アシヒキノ)山つばき」(同1262)など、また「足痛(アシヒク)わが夫」(同128)などがあるので、山に登ると足が痛むから山に掛かるのだと説明されて来ており、それはそうなのだが、真相は足の疲れをもいとわずやって来るという山遊びのためであって、アシビの目的にいとわず来る古代人の生活語の一つとして存在したのがアシビであったのではないかと思う。山に関わった縄文・弥生人からの行動様式からして、アシビ(遊)が生活の基本語彙であった。沖縄のイザイホーと呼ばれる神遊びは、歌って踊って掛け合うアシビ(遊)である。

 アシビは「毒柴」と呼ばれる一方で、「好柴」とも呼ばれていることを参考にすると(杉本唯三・植物和漢異名辞林)、毒柴と矛盾するようだが、毒は薬にもなるわけであって、アシビの枝葉の煎汁を殺虫剤に使ったり敷物にして駆虫用にするという効用がある。 虫除けの薬効があるので山遊びの(シトネ)に用い、歌垣の問いかけのキーワードに使われたとみてよい。「万葉集」の恋歌に馬酔木がさかんに用いられるのもそんな関わりがあったからであろう。アシビ(馬酔木)は、「アシビ(遊)するときの木」ということで、山の修飾語のアシビキノと関わると思われる。

樹名アシビは(アシ)び』に由来する語で、『アシの疲れを省みず山遊び』する意だとする。これは、古代人の宗教的儀式である『神遊び』にも通ずるものである。この意味から『あしひきの』という枕詞は山に懸るものと「語源辞典」はいう。

この説は、樹名のアシビが枕詞「足引」の起源とみたのは卓見である。しかし、アシビの語源がアシビ(遊び)とするのは、いかにも苦しい解釈である。しかも「遊び」がなぜ樹名とされるのか、また遊びがなぜ山遊びでなくてはならないのか(水辺の遊びではいけないのか)理解しがたい。         (和泉 晃一)