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教育福祉労働

 

ようこそ
大分県議会議員の原田たかしです


 終戦記念日に寄せて
   
~教育や行政の最大の目的は平和な社会の実現~

8月12日の今日新聞の1面に掲載していただきました

 私は1959(昭和34)年生まれですから、戦争を実体験している訳ではありません。朝見の山の方には防空壕跡がありましたし、初詣のときに傷痍軍人の方が立っていたのを覚えていますが、「戦争=死」と初めて感じたのは、子どもの頃、友だちの家に遊びに行ったときのことです。仏間に軍服を着た方々の遺影が並んでいるを見て、「この家にも戦死された方がいるのだ」と思いました。中には海軍の水兵のセーラー服を着た若い方の遺影もありました。
 私の父も招集を受けましたが、大分市にあった大分海軍航空隊で軍用機の整備兵として従軍していたと聞いています。大分市が大規模な空襲を受けた後は、広島の呉市の基地に転属しそこで終戦を迎えたようです。仕事内容についてはあまり話しませんでしたが、自分が整備した軍用機で出撃した隊員が戻ってこなかったことを寂しそうに話したことがありました。
 妻の父は、8月9日の昼前に小倉の上空で雲の合間にB29が飛んでいるの目撃したと話していました。小倉の上空に雲があったために原爆投下目標を長崎に変更したといいますから、その攻撃機だったのかもしれません。
 私は議員になる前、小学校教諭として務めていましたが、平和授業などで、自らも経験したことのない戦争を子どもたちにどのように伝え、そこから平和の大切さをどのように教えていくのかを職場の仲間とともに悩みながら取り組んでいました。
 その中で、戦争や原爆、当時の社会情勢などを調べれば調べるほど、戦争の悲惨さや悲しみを学び、平和な社会への歩みを止めてはいけないと考えるようになりました。
 議員になった今でもその思いは変わりません。教育や行政の最大の目的は、平和な社会の実現に他ならないと考えているからです。また、国際安全保障論の有名な言葉に「戦争とは政治の失敗のことである」という定義があります。私は全くその通りだと考えていますし、逆に言えば戦争を止めることも政治の役割だと考えています。
 2017(平成27)年7月に国際連合総会において核兵器禁止条約が採択され、発効に必要な50か国の批准に達したことから今年1月に発効されました。しかしながら、アメリカ・ロシア・フランス・イギリスなどの核保有国とともに、唯一の被爆国である日本はこの条約に反対し、いまだに批准していないことにとても疑問を感じています。
 76年目の終戦記念日にあたり、戦没者の方々に衷心より御冥福をお祈りするとともに、今を生きる者として先の悲劇を繰り返さないために、平和を脅かす様々な問題に対し、これからも平和を求める市民の方々とともに向き合っていきたいと考えています。

 2021年 9月
           大分県議会議員   原 田 孝 司



 最終更新日 2021年 9月15日

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2011年 5月10日
 大分県議会議員 原田たかしHPを公開しました

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