About Green Mom
2003年3月18日、私は待望の長女愛鈴(えりん)を出産しました。
愛鈴は生後5日目くらいから、右耳の下がどんどん赤くなり、色が濃くなってきました。いったい何の病気だろう?と私たちは不安になり、出産した産婦人科で皮膚科を紹介されました。
紹介された皮膚科で、「きっと血管腫でしょう」と宣告され、将来の病気の進行に関しての資料を見せられた時、私は心臓が締め付けられ、その場に立っているのがやっとでした。。。
そして、長女の血管腫は日に日に悪化していきました。
私は毎日長女をみながら、胸が締めつけられる思いで、病人のようなうつろな日々を過ごしていました。
ついに血管腫は深部まで広がって、娘の右耳下には頬と同じ位の大きな大きなこぶ(血管の腫瘍)ができました(海綿状血管腫)。そのこぶは、これ以上大きくはなれないほどにパンパンに腫れ上がりました。下唇やあごにも真っ赤な血管腫は広がり、パッと見は本当に恐ろしいような形相になりました。
私はうつ状態になり、産後4ヶ月ぐらいまでは外出する勇気もなかなか出ませんでした。娘の病気の症状は、見た目でもすぐに分かるからです。
顔だから隠しようがなかったのです。。。
外に連れて出れば、じろじろと覗き込まれたり、「それ、どうしたの〜!?」と言われたり・・・。そのたびに、泣きそうになるのをこらえるのがやっとでした。。。
悪気はないのは分かっている、だけど、子どもたちが興味本位で追いかけてきて覗き込み、「わぁ〜!!こわ〜い!!」と大きな声で言われた時、その場で泣き崩れそうになったこともありました。
こんな顔をした女の子を、私は育てられるのだろうか・・・。
私は娘の将来のことが不安で、育てられる自信もなくなり、この子を殺して私も一緒に死んでしまおうと、思いつめていました。毎日、死ぬことばかりを考えていました。毎日娘の症状を見るたびに、胸が締め付けられる思いでした。。。
健康な赤ちゃんを産んでいる周りの人がうらやましくてたまらなくて、自分の運命をのろってばかりいました。
ですが、そんな私を救ってくれたのは、娘の無垢な笑顔でした。
この子も、きっと何か目的があって生まれてきたはず。
このままこの子の一生を台無しにしてはならない、
そんなこと、親の私でもできるはずがない、と思いました。
そして、私が弱虫なせいで、娘の世界を狭めてはいけないと、
勇気を出して少しずつ外出するようになりました。
それでも最初は、ジロジロと興味津々に覗き込む冷たい視線や言葉などに傷つくことも多かったのですが、だんだんと私も強くなっていきました。
娘の病気のことで、かなりの医者を回りました。原因不明の病気なので、治療法も確立されておらず(しかも、保険が利くようになったのも最近のことなのです)、形成外科に行くのか、皮膚科に行くのか、そんなことさえも分からなかったのです(アメリカでは血管腫専門の科があるようです)。
血管腫の治療は、レーザーや切除手術、ステロイドなど、さまざまな治療法があります。ですがどんな治療でも痛みや副作用が伴います。
それに長女ほどの重度の血管腫の場合、外科的な大きな手術をしないときれいにはなりません。血管を切除することは大量出血なども伴う危険な手術になるし、全身麻酔も怖い。だから、小さな赤ちゃんの娘にとって、実質的には打つ手はなかったのです。
私たちは主治医と検討した結果、すぐにアクションを取らずに時期を見合わせることにしました。
最初は、「何が何でも娘の顔をキレイにしてやりたい」と私は思っていました。
そのためには、お金をかけてでも都会の病院に連れて行ってやろう!と思っていました。
ですが、娘は自分の顔のことなんか何も気にせずに、ニコニコと笑っていたのです。何も分からない赤ちゃんに治療をして痛い思いをさせてトラウマにするのは、もしかしたら、「キレイな顔の赤ちゃんを連れて歩きたい」という親のエゴではないか・・・と思ったのです。
だって娘は、いつもニコニコと天使のように笑っていたのだから。
顔なんてどうでも良かったのです。
生まれてきただけでよかったと思っていたのです、きっと・・・。
だから、経過観察をして時期を待ち、娘がきちんと理解し納得した上で、ベストの時に外科手術をしようと決めました。
私たちは長女のことで血管腫という病気を初めて知り、とにかく情報を集めて勉強しました。
海綿状血管腫は外科手術をして取り除いてもまた発症するケースがとても多いようです。ですが、いちご状血管腫のようにある程度自然治癒する血管腫もあることを知りました。
そして、もしも、自然治癒の可能性がゼロでないのならば、それに賭けてみようと決めました。
それから私は、とにかく娘にとって何でも最善のことをしてやりたいと思いました。母乳育児にこだわったのも、栄養面だけでなく、精神面の安定も考えたからです。
そして、母乳で育てているうちに、私が食べたものによって、母乳を飲んでいる娘の体調や機嫌が左右されるのを目の当たりにして、ハッとしました。「しつけは食育から」ということを思い知らされたのです。そして、最終的に自然育児にたどりつきました。
現代の子育て環境は本当に苛酷です。自然な生活や育児をしようとすると、食育も含め、現代風の生活とはちょっと離れています。あれこれと体に良くない物質から遠ざかろうとすると、両親からは「お前は何かに取り付かれている。宗教なんじゃないか?」などと言われ、辛いこともありました。でも、きっと娘が証明してくれると思い、ひたすら信じて実践していきました。
実践していくうちに、娘の変化が、私が実行していることが正しいことを証明してくれました。娘の変化を目の当たりにした両親も、「お前は正しい!」というようになり、いろいろと援助してくれるようになりました。
乳児湿疹もひどく、オムツかぶれもして、いつも泣いてばかりで本当に育てにくかった娘が、だんだんと変わっていきました。湿疹やオムツかぶれは自然に治り、穏やかでいつもニコニコし、発達も遅いと思っていたのに1歳前には歩き出し、言葉も出始めました。私のおっぱいトラブルも、食育の実践で自然に解消していきました。
離乳食を開始してからはアトピー性皮膚炎も発症し、子どものアレルギーを通してもたくさんのことを学ぶことができました。私の妊娠中の食生活が、子どもに影響をしていること、環境の悪化もアトピーやアレルギー増加の背景になっていることを知りました。
また、血管腫とアレルギーのことで、かなりの医者を回り、子どもを連れて医者を回るほど、大変な育児はないということを思い知らされました。体質を強く育てることが、一番楽な子育ての秘訣だということも身をもって知りました。
そして、母乳育児や食育について情報交換していたママ友達とともに、「グリーン・マム」を立ち上げました。子どもたちの将来のために、できることがたくさんあることを多くのママに知ってもらいたい、自分も母乳育児やアレルギーのことで苦労したから、同じ苦労を他のママにして欲しくない、という強い気持ちから、今、グリーンマムの活動をやっています。
「食べ物は体をつくる」って本当です。体だけでなくて、心も作っているんです。食育をすることで、子どもは穏やかで育てやすく、体質も強くなり、発達も速くなります。食育はやればやるほど、子育てが楽しくなること、一人でも多くの人に知って欲しい、と思っています。
そして、子どもたちの未来が素敵なものになることを祈っています
りんりんママ
2008年4月13日更新
娘の誕生とグリーンマムの立ち上げについて