遊行ライフ

 遊行ライフ真っただ中。あと少しで82歳だ。暇つぶしの人生は「つぶやき」 ばかり。 「いろはカルタにまつわる随想」 「掌編小説」 「俳  句」 などと分けてはみたが、どれもつぶやきに変わりはない。それなりに健康でいい暇つぶしをしている。それしかないんだ。それでいいのだ。

ショート・スナップ 

yukemuriのブログより転記

  1. つぶやき
  2. いろはカルタ 江戸と上方
  3. ショート・ショート
  4. 俳  句
  5.  

    ■ 1 つぶやき   

        がんばらなくていいんだよ

     入院している妻に声掛けをする。

    「頑張らなくて、いいんだよ。もっと我儘にいきなさい。」

     いつもまわりに気配りして生活している妻はこれ以上気を使うとストレスがたまり体に良くない。 そうでなくても病気をした人たちは、みんな大変な気の使いようである。 何としても頑張って元の生活にかえろうと努力している。

    「私が頑張らないとお父さんや周りのみんなに迷惑をかけるから。」
     そう言って頑張っている人に「頑張って。」という言葉は禁物である。

     以前、担当していた療法士さんが善意の励ましで「頑張って。」という癖があって、妻はパニックを起こして落ち込んでしまったことがあった。
     気合を入れて励ます気持ちは分かるが、まずは心のリハビリから始めてもらいたい。相手の気質や体質を理解する能力が大切のようである。

    「リハビリをしたくない時はしなくていいよ。できるだけのことを楽しんでやればいい。」 「いいえ。頑張ります。立ち上がること。車いすに移動できることを目的にがんばるよ。」
    「がんばらなくて、いいんだよ。楽しくリハビリをしよう。」

     目的は、私の介護でベットから立ち上がり、私の介護で車いすに移動できればそれで十分である。

     それからのことは目的を達成してからのことである。お互いに「がんばらないで、ゆっくりいこう。」  私の遊行ライフだ。

       だいじょうぶだいじょうぶ

     これまでに何度かもうだめかという思いが一瞬頭をよぎったことがあった。

     そんな時、いつのころからか「だいじょうぶだいじょうぶ」と口ずさむようになった。すると不思議と心が落ち着き生きる力がでてきたものだ。

    「だいじょうぶだいじょうぶ」と口ずさむようになったきっかけは、36歳の夏、精神的にとても落ち込んで、今思えば軽い鬱の入り口であったのかもしれない。

     そんなある日書店で高神覚正著の般若心経講義の一冊を手にして、パラリとめくった189ページの冒頭に次のような一句が紹介されていた。

       浜までは海女も蓑きる時雨かな   瓢 水

    『・・・やがて濡れる海女さえも、浜までは時雨を厭うて蓑をきる、この海女の優に優しい風情こそ、教えられるべき多くのものがあります。それはちょうど、ほんとうに人生をあきらめ悟った人たちが、うき世の中を見捨てずに、ながい目でもって、人生を熱愛してゆくその心持にも似ているのです。・・・』(高神覚正 般若心経講義より)

     私は即座に本を購入して、以来45年間手元に置いて何度も読み返し、書き抜いたりして、私の生きる力の支えにしている。
     俳句あり、川柳あり、短歌あり、小説からの引用も多く読みやすく体の芯まで入り込んで来る。

     海に浸かる瞬間まで、優しく包み込みいたわり励ましていくことを忘れずに生きていく。「だいじょうぶだいじょう」は私にとっての経文になっている。

     浜までは海女も蓑きる時雨かな  私を生かしてくれた一句です。

     

    ■ 2 いろはカルタ  江戸と上方  

        いろはかるた 「つ」

        月夜に釜をぬく(江戸)

    『月夜に釜を盗まれる意味。油断をしていてそれに乗じられるたとえ。』

     油断をしていたわけでも、関心がなかったわけでもなかったのに、執拗な攻撃で日本教職員組合を初め多くの労働組合が潰されて現在に至った。  今やブラック企業が日本の社会を牛耳っている。  あれから半世紀過ぎて執拗な攻撃の意味するところがやっと頷けるようになった。

        組合つぶして  天下を取って     ブラック企業がネ  幅利かす  ダンチョネ

        爪に火をともす(上方)

    【ろうそくの代わりに爪に火をとぼすほどけちである。】

     敗戦後の日本は社会全体が貧しかった。大人たちはみんな厳しい生活を強いられて「けち」に徹して子を育て教育に力を入れた。  そのことを知っていて、大人になった親たちは厳しさに耐えることも「けち」に生きることも特別なこととは思はないで生きていける。  「けち」という感覚よりも無駄をしないという感覚の方が身についているようである。

     無駄なく、無理なく、けちに徹して生活していて別に不満もなく人生を楽しんでいければそれに越したことはない。

     とても「けち」に徹して生活をする親戚の若者がいて少し心配していたのであるが、自分の目的達成のために「けち」に徹してためたお金を全額はたいて挑戦した時には安心と共によくやったと感動した。  今でもそんな生き方をする若者が多くいることに満更捨てたものではないと思っている。

     

    ■ 3 ショート・ショート   

     1 へ  ど   2 望 遠 鏡   3 たった一人の女客   4 続 望遠鏡   5 マッタケ   6 黙 と う  7 タニシどん  

         8 なみだ橋

     国に国境があり、県に県境があるように、血縁の親子の中にも越すに越されぬ境がある。

     このなみだ橋は、町と村との境を流れる谷川にかけられている幅三メートル、長さ五メートルほどのごく小さい橋である。小さな橋ではあるが村に住む人々にとっては、自分たちの世界と他の世界とを区別する指標でもあった。
     村人は旅立つ人をこの橋まで見送る。それから先には一歩も進まない。どんなことがあっても、このなみだ橋で別れを告げる。

     それは、ただ、町との境であるという理由だけではない。一つの自然環境からくる条件もあった。山水の澄んで流れる谷川の裂け目は、そこで人間の行動を抑制する。この橋を越えると一本道は数メートルでカーブし、あっという間に消えてしまう。人との別れに最適の場所であった。
     村人の生活の歴史の中で、この橋は、時には、すすり泣き、また、むせび泣くドラマの舞台であった。

     芳男は、大学生活最後の正月を郷里で過ごすために冬風のざわめく夕暮れの山道を急いでいた。町でバスを降り約十五分、やまのカーブを曲がるとなみだ橋がすぐ目前に白く浮き上がって見える。この橋が見えると、なんだか急に故郷に帰りついた安ど感で一息つき、今までの速歩がゆるむ。

     大学に入学して村を初めて出る時、芳男はこの橋からバス停まで、涙が流れてしようがなかった。この橋を見るたび芳男は、その時の光景を思い出す。見送りの人の顔だけが、印象的にいまだに橋の上にぽつんぽつんと浮かんでくる。

     あれ以来、何度となくこの橋の上で、見送り人との別れの行事を繰り返しているうちに最初のような感動はなくなり、涙も出ることがなくなった。 しかし、別れというものは、さみしいことにはちがいはなかった。

     この村を離れて、芳男は故郷を思うたび「おれの村は巣箱じゃ」とつぶやく。都会にいるとふっと故郷を思い出し、帰省の心にかられるけれども、たまに帰る我が家はもう自分の住む所ではないことがよく実感できた。
     何もかも、自分の寸法に合わなくなっている。この村、この家からは、何も吸収するものはなくなり、さすらう旅人が、疲れをいやすために一夜の宿を借りるほどの役割しか果たさない。

     若い芳男の心臓の鼓動と、この村の生活のテンポは、どこかなじまず大きくくいちがっていた。一週間も滞在すると心のかたすみから徐々に苦痛がおそってくる。それでも、ことしは、正月に芳男の大学卒業と就職祝いを兼ねるということで、親子兄弟孫たちが全員そろって、にぎやかな正月を過ごした。
     三人の兄と一人の姉は子持ちなのでいつからともなく自然と母のことを「おばあちゃん」と呼ぶようになったが、一人芳男だけが「かあさん」と呼んでいた。
     芳男は、母が四十過ぎてからの末っ子のせいか親からも、兄弟からも、特別扱いにされている面があった。

     正月も三が日が過ぎると、一人抜け、二人抜けして、また以前の静かな、あの冬の太陽のにぶい光線が縁側でふるえるのがわかるような暮らしにかえる。
     正月三が日は、近年にない暖かい日が続いたが四日から少し気温が下がって、正月らしいひきしまった風が吹いた。

     「かあさん、もう六十五かのう」
     「そうよ、お前の歳に四十三たしゃあいいんじゃけん。じいちゃんが死んだ時、お前が高校じゃった。学校出るまではがんばらにゃと思っとったが、出てしまうと、今度は嫁をもらうまではと思う。だんだん欲が出るもんじゃ。」

     嫁をもらうと孫が生まれるまでと人間の生への欲望は次から次へと続いて果てしがないものである。

     一つの細胞が分裂して二つになり、二つが四つにと増えていくように、親が子を産み、子がまた子を産む。そして、家庭の中心になるのは、いつも一番新しい幼い生命である。
     この新しい幼い生命が核になるような家庭のことを芳男は自分なりに核家族と名付けていた。核分裂を起こすたびに、中心は外へ外へと、はじき出されて大宇宙の中に飛散して自然に帰る。

     「もう、あした行くで」
     「あわてて、芳も向こうにいい女がおるんじゃねえのか」
     長男のはじめが、冗談とも本気ともつかぬ口調で横から口をはさんだ。

     翌日は、目に見えぬような細かい雪が、時おり風に乗って、庭の木々の間を舞って、空から降っているのか、黒い大地から吹き上げられているのかわからない天気であった。

     いつものように、芳男と母が先を、兄夫婦と子供たちが後ろから、荷物を持って見送ってくれた。
     「かあさん、たよりのない時は元気にしとると思って、心配せんでくれや」
     「たよりがいつくるかと心配しとるぐらいじゃ」
     みんなは大笑いした。なみだ橋の上で兄から荷物を受取り、別れのあいさつをして橋を離れた。
     いつもの芳男は決して振り返らなかったが、きょうは、大笑いの余韻もあって、いい気分で振り返った。

     鉄筋づくりのさむざむとしたなみだ橋の上に、右手を橋のらんかんに、左手をわずかに後ろにまわした石造の彫塑を思わせる母の無表情な何かに耐えている姿があった。

     身をしぼるような冷たい涙が体内を流れた。

     9 神様、仏様、安男様   10 素晴らしき脱税  11 もうかえるの  12 目 撃 者

     

    ■ 4 自 撰 め も 句  

     その1 

     「茎立ちて蒼茫の地に種落とす」の句を辞世の句と決めてから、なぜか俳句を創ることができなくなりました。
     それに合わせて、心のどこかで良い句を詠もうという意識が強くなったことと、季語に囚われることが嫌になり、思いや考えをノートにメモするだけになりました。

     自分勝手にそれを「メモ句」としてまとめてみました。

      煩悩を削ぎ落として骨だけになります
        (骨の中はきっと煩悩でいっぱいだろう。)

      心が動かない花曇り
       (何も考えていないということはない。)

      ただ座っていると言葉も心も無くなってしまう
       (無くなってしまうとどうなる。無くなるような気がするだけか。)

      支離滅裂のほうが人生豊かに見える
       (あいつは幸せだよ。うらやましい。)

      大した役割もないのに責任感だけは持っている
       (責任感を身につけたばかりに一生背負うことになる。)

      迷うほどのものもないのに悩んでしまう
       (悩むから迷うのかもしれない。

     

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    これまでに書いた掌編小説・俳句・いろはカルタ随想・教育の基本などを整理しています。掌編小説(ショート・ショート)55本と俳句108句を目標にしています。

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