水の都ベラヌール。
宿屋。
お一人様一泊30ゴールド。
そこで一人、まぬけな顔をした男が寝込んでいた。
「お客さん、調子はどうだい?」
「………う〜ん、ぼちぼちかなぁ〜。」
彼の名はサマルト。
年は17。
身長は低め。
知能指数も低め。
いつもはロトの子孫である仲間たち、ローレアとムーンと一緒にいるのだが、今はちょっとした
事情で一人宿屋に取り残されてしまっている。
宿に一晩泊まった後、なんだかよくわからないが体が動かなくなってしまったのだ。
本当に突然のことだった。まったくもって不思議だ。
仲間たちはサマルトを助けるためにどこかへ行ってしまった。
頼りがいのある仲間たちである。どこへ行ったのかはわからないが。
サマルトは今の状況を何にもわかっていなかった。
とりあえず体が動けなくてちょっと困っちゃうなというくらいにしか考えていなかった。
彼はとってものんきものであったのだ。
さて、一人残されてからもうすでに半日。日が完全に落ち始めていた。朝から寝っぱなしだ。
こんなに寝ているなんて、6年ほど前に一度だけ引いてしまった風邪のとき以来だ。
妹とかくれんぼをしていて、絶対見つからない場所に隠れようと川の中に隠れていたのが原因である。
バカは風邪を引かないというが、引く理由がバカだったら風邪を引くのだ。
さらさらさら。
耳を澄ますと、静かに水の流れる音がきこえる。さすが水の都ベラヌール。どこにいても水が
絶えていることはない。
一体この町にはどれくらいの水があるのだろうか…。10000リットル?100000リットル?
人間の体の約70%は水分であるという。つまり体重が50キロのサマルトは、約35キロが水分で
あるということである。水分イコール水ではないので比重が違ってくるので計算は異なってくるが、
35キロの水分とは多い。しかしこの町の水はもっと多い。
きっとこの町にはサマルト10000人分くらいの水が…。
こんなくだらないことを考えて数時間、サマルトは退屈だった。体が動かないから何も
できないし、話し相手もいない。いると言ったら何度か掃除のために顔を出した女主人だけだ。
しかしすぐに去っていってしまったため、話という話もしていない。
何もすることがない。ひまひまひまひまひま。
「暇だなぁ。」
サマルトがぽつりとつぶやくと、突然部屋のドアが開いた。
店の主人だろうか?首も動かせないので確認ができない。足音が近づいてくる。
コツ、コツ、コツ
小さな足音だ。
もしかしたら死神かもしれないとサマルトは思った。
のんきものの彼もずっと動けないでいたためか体力が奪われ、思考能力が低下してしまっていた。
しかしそんなことを考えているくせに顔は笑顔である。体が動かなくなっているせいか、彼の顔は朝から
ずっと笑ったままだ。
ふだんからもずっとこんな顔をしている気もするが。
「おい。」
死神が声をかけてきた。まだ顔を確認できない。
仰向けのまま動かなくなってしまったので、天井と少しの景色しか見えないのだ。
「おい!死んでんのか!」
死神が体を前に乗り出したところで、やっと顔を確認することができた。
「生きてるよぉ。」
赤い髪の女の子だった。サマルトの顔をじっと見つめている。
その子は言葉をつづけた。
「ふぅん、生きてるんだ。」
安堵のものか残念のものか、女の子は小さくため息をついた。
八、九歳くらいだろうか。妹よりもずっと幼い。
最近の死神はこんな小さな女の子なのかな…とサマルトは考えた。
大変だな、まだ小さいのに。給料どのくらいなんだろう。
どうやら本気で考え込んでいるらしい。
死神とは部屋のドアを開けて入ってくるものなのだろうか。
「キミどなた?」
サマルトは天井を見ながら女の子に尋ねた。
「アクラ。ここの娘。」
「ふぅ〜ん。」
死神ではないらしい。サマルトは少し安心した。
アクラはサマルトの顔をじろじろと見渡した。なにかついているのだろうか。
そういえば今日は体が動かなかったから顔を洗っていない。目ヤニがたくさんついている可能性はある。
一国の王子ともあろうものが目ヤニをつけているなんて。まったく変なあだ名がついたらどうするつもりなのだ。
ヤニ王子とか。
しかしサマルトはそんなことは気にしていなかった。天井を向いたまま、アクラに尋ねた。
「何か用?」
「別に。一人で暇そうだったから遊びに来てやったんだよ。ありがたく思え。」
アクラは宿屋で寝っぱなしの青年を不思議に思っていた。
仲間はどこかへ行ってしまったのに、一人取り残されている。
置いていかれたのかな、かわいそうになんて思いながらずっと宿内をうろうろしていた。
しかしだんだん青年がうめき声を上げるようになってきたので、心配になって部屋に入ってきたのだ。
生きていると聞いたときはほっとした。
とはいえ、アクラの言い方はえらそうで恩着せがましい。素直に優しさを出せないタイプなのだろう。
こういうタイプは一人っ子か末っ子が多い。
サマルトも、この子は生意気そうでも悪い子ではないということを何となく感じた。
「う〜ん、ありがたいんだけど、ぼく動けないんだよねぇ〜。」
アクラは不思議そうな目でサマルトを見つめる。そういえばさっきからずっと同じカタチの
ままである。手の位置、首、………表情。
なぜ動けないのだろう。当然の疑問がアクラに浮かぶ。
しかしそれはわからない。当の本人がわからないのだから。
「トランプもできないのか?」
「うん、ちょっとね。」
「じゃあチェスは?」
「それもちょっとねぇ。」
「…絵を描くとか。」
「ちょっとねぇ〜。」
「なんだよ、ちょっとちょっとって!」
「あ、でも話すくらいならできるよ。話そっか?」
「つまんないよそんなの。」
「そぉ?話すのも楽しいよ〜。」
仲間においていかれたのにのんきなお兄ちゃん…そう思ってアクラはまたじろじろとサマルトの顔を見つめた。
そういえば愛嬌のある顔をしている。見るからにのんきそうだ。動物に好かれやすいタイプだ。
アクラもサマルトが悪い人間ではないと感じた。
「おまえ、どっから来たんだ?」
どうやら話タイムになったらしい。アクラは床に座り込み、質問をしてきた。
「ん〜、ぼくはサマルトリアから来たんだ。知ってる?サマルトリア。」
アクラは首を振りながら「知らない」と答えた。
「いいとこだよ〜。なんていうのかな、鳥は咲き乱れ花が歌い、人々の笑顔はまずしくて…」
なんだかいやなところである。
「あ、ちがう、まぶしいんだ。……何がまぶしいんだっけ?」
このお兄ちゃんバカだ……アクラは完全に理解した。
「人々の笑顔だろ!」
「あ、そうそう、笑顔がまずしいんだよ。いいとこなんだ〜。」
まずしいに戻ってしまっている。もういいやと思ってアクラは質問をつづけた。
「で、他には何があるんだよ。」
「そうだなぁ、木が国土内に46本も立ってるんだ。」
「数えたのか?」
「うん。この前暇だったときにね〜。ちっさいのは数えてないけど、結構つまらなかったよ。」
つまらないのならやめればいいのに、変なお兄ちゃん…やっぱりバカだとアクラは思った。
「他には?」
「オリがあるよ。熊みたいな人が入ってるんだ。」
それは俗に牢屋と呼ばれるモノである。牢屋とは悪い人を入れる所である。
アクラはサマルトが一人ぼっちで寂しいだろうと会話を始め、ずっとあきれ顔で聞いていたのだが、
だんだんとそのバカ話が面白くなってきていた。
そしてもっといろんな話が聞きたいと質問を続けた。
「今まで行った町は?」
「ムーンペタとか行ったな。」
「どんな感じだった?」
「え〜なんていうかなぁ、広いようでせまくもあり、それでいてしつこくない…。」
本気で答えているのだからおかしいものである。
アクラが笑った。サマルトもつられて笑った。
部屋の中に笑顔が広がる。
店の主人が部屋の雰囲気に気づき、入ってこようとしてやめた。
アクラの口からは次々と好奇心の言葉が出てくる。
「ちゃんと宿屋泊まった?」「野宿したことある?」「モンスターと戦ったことある?」
「負けた?」
「なんで旅してんの?」「仲間はどんな人?」
サマルトからは突拍子のない答えが返ってくる。
おもしろい。
楽しい。
話は延々と続いた。
それからどれくらいの時を過ごしたのだろう。すっかり夜も更けてしまった。
サマルトが横たわるベッドのわきで、顔をうつぶせてアクラがすーすーと寝息を立てている。
子どもはもう寝る時間なのだ。穏やかな寝顔だ。
しかしサマルトはあまり穏やかでなかった。今朝からずっと同じポーズなのだ。いい加減に
疲れてしまった。思いっきり寝返りをうちたい。気持ち悪い。
サマルトがうーんうーんとうなっていると、急に部屋のドアが激しく開いた。
「サマルトー!死んでねぇかぁーー!!」
あまりにでかい声だった。ローレアだ。わきでは幼い子どもが眠っている。あわててサマルトは
ローレアに注意をしようとした。
ぼこん!
と、それより先にムーンの杖がローレアの頭に爆裂ヒットした。
「いってぇぇ!!!」
「こんな夜中にさわぐんじゃない!!」
ムーンの声も十分でかい。
「二人とも〜…騒いじゃダメだよ、アクラが寝てるんだから……。」
サマルトは小さな声で訴えた。二人はサマルトのかたわらで眠る少女に気づき、同時に口を
押さえた。
すーすー…
どうやら起きなかったらしい。サマルトはアクラの寝息を聞いて安心した。
「……どうしたの?その子…。」
ぼそぼそとムーンが上を向いたままのサマルトに尋ねた。
「うん、アクラっていってね。死神じゃないよ、ここの娘さんなんだ。ずっといっしょに話してたんだ。」
「へぇ……。」
ローレアはまじまじとアクラを見つめた。ふくよかなほっぺたにつやつやの肌。
気持ちよさそうに寝入っている。ちょっとやそっとでは起きそうにない。
「………じゃあことは穏便に運ぶとするか…。」
ローレアはカバンから一枚の葉っぱを取り出した。深い緑色をした、手のひらより少し小さい
くらいの葉っぱ。ずいぶん長い時間カバンに入れられていたにも関わらず、それは全くしなびることなく、
むしろ逆に若々しい輝きを放っていた。
「これを飲めばいいらしいぞ。」
「ええ〜……なんか苦そう…。」
「文句言ってないで飲め。」
ローレアは大声を出さないように、静かに優しくサマルトの口に葉っぱをねじり込んだ。
サマルトはもがいている。おいしくないらしい。
「それ煎じて飲むんじゃ………。」
ムーンがぼそりとつぶやいた。二人とも聞いていない。生の葉っぱは苦かった。
と、サマルトの指がぴくりと動いた。だんだんと神経が返ってくる。
首が動いた。さっきまで横目で見ていた眠っているアクラの顔がちゃんと見える。
そして体全体が動き、見事に起きあがることができた。
「ああ〜……助かったぁ。ありがとう、二人とも。」
大きなあくびをしながら一言。あまり大変そうだった様子は見えない。
「よしっ!これもおれのおかげだな。」
「ちょっと、私のこと忘れてんじゃない?」
二人が言い争っているとき、サマルトは極度の眠気におそわれた。そしてそのまま再び
ベッドに倒れ込んでしまった。
座り込んでうつぶせるアクラの横で、サマルトは幸せそうに寝息を立てた。
* * * * *
「どうもお世話になりました。」
朝。昨日よりもずいぶんさわやかに感じる。小鳥の声が耳に入ってくる。
昨晩は結局また一泊し、サマルトも完全に回復した。
だから今日でベラヌールともお別れ。少しさびしい気もする。次の目的地はどこだろうか。
「気をつけて。」
女主人に見送られ、三人は宿をあとにした。
流れる川の横を通りながら、ローレアが大きくのびをした。
「ったく、さんざんだったなー。」
ムーンもつられてのびをしながら答える。
「ほんとほんと。大変だったねサマルト。」
「ん〜……、まあね。」
サマルトはアクラのことを考えていた。
昨日横で眠っていたはずのアクラが、朝になってみると姿を消していたのだ。一体どこへ
行ってしまったのだろうか。主人に聞いても知らないと言うし、どうしようもなかった。
(一言なんか言ってから出たかったんだけどなぁ…。)
サマルトは大きくため息をつき、とぼとぼと歩く。
仲間たちはサマルトの気持ちを察したのか、少し声の調子を落とした。
「あ。」
と、ムーンが何かに気づき声を漏らした。町の入口に小さな影が見える。
赤い髪の…女の子。
まちがいない、アクラだ。
「サマルト、ほら、あの子じゃないの?」
ムーンの言葉にサマルトは顔を上げ、じっとアクラの方を見た。アクラも腕を組んだまま、
こちらをじっと見つめている。と、急にアクラが叫んだ。
「おい!」
腕組みをとき、駆け寄るアクラ。口をとんがらせている。
アクラはサマルトの前で立ち止まり、そのままうつむいてしまった。
「………。」
「………。」
だまったままの二人。
ローレアとムーンも、だまったまま二人を見守る。
「おい…。」
口を開いたのはアクラだった。
「また………来いよな。」
それはとても小さな声だった。でもサマルトには十分だった。ぱああっと笑顔が広がる。
「うん!また来るからね!」
アクラの頭を優しくなでるサマルト。サマルトは国の妹を思い出した。わがままできかんぼうの
妹。でもかわいい妹。アクラどこか妹と似ていた。
アクラは一生懸命な目で言葉を続けた。
「また…動けなくなってさ、おもしろい話聞かせてくれよ。わかったか?」
気のせいか話が理不尽だ。
「うん!また動けなくなるね!」
ものすごい約束をしていることに彼らは気づいているだろうか。
ローレアは口に出したい言葉をがんばって押さえ込んだ。ムーンも気持ちを抑えている。
そして一行は旅を再会した。何度も何度も手を振るアクラ。
サマルトも負けじと手を振り返す。旅先でできた友はかけがえのない宝となる。
後ろ向きに歩きながら手を降り続けるサマルト。
「おいサマルト、そろそろやめとかねーとこけるぞ。」
サマルトは見事に後頭部から転んだ。後ろ歩きは危ない。
「このあほー。」
あはは…と言いながら起きあがり、少し振り返ってサマルトは前を向いて歩き出した。
うえに広がるのは広い空。
たまには病気も悪くないよね。
サマルトは突然の病気に感謝の気持ちさえ抱いていた。 |