「ここはどこだ…。」
見渡すかぎりの砂地。右を向けば砂、左を向けば砂、下を向けば砂、上だけは空と太陽。
銀色の髪と褐色の肌。彼女の体を包むのは、全身黒タイツ。
「暑い…暑い…。……ちっくしょぉぉ…なんでこんなに暑いんだよ!!」
全身、黒タイツ。
彼女の名はマユミ。世間では"シルバーファルコン"の異名で知られる盗賊だ。
心貧しく富のある者から財産を盗み、財力乏しい者にそれを配る…なんてことはいっさいして
いない。
盗んだモノはすべて自分のモノ。
「人になんざ配ってられるか!自分の生きる分だけで精一杯なんだよ!」
ということらしい。
こんな調子だから、世間から感謝されるなんていうことはない。しかし、ほんとうに人々から
憎まれている、心貧しく富のあるような者からしか盗みを働かないため、嫌われている…ということも
ない。
「今夜も一発頼むゼ!」「思いっきりかましてくれよ!」みたいなノリで世間の人々はマユミを
応援している。
マユミが盗みを働くのは自分が生きるため。だが人々にはそれが気持ちいいのだ。
モンスター格闘場でストレスを発散させるような、一種の娯楽なのだ。
さて、そんなマユミも今はただ死にかけていた。
照りつける太陽と、どうしようもなく広がる砂漠、そして全身黒タイツ。ただただ
死にかけていた。
砂漠を甘く見ていたのがいけなかった。食料はすでに尽き、水はあとほんの少し。
遅くても二日でわたりきれるだろうと思っていた。今日で砂漠三日目。
オアシスらしきものも見えてくることはないし、町なんて見つかるわけもない。
おまけに日よけはフード付きの短いマント一枚だけという無防備。帽子もナシ。
彼女は砂漠をナメきっていた。
だいたい黒タイツで砂漠をわたろうとしていることがそもそもの間違いなのだ。
(アツイ…暑い、あつい……ちっくしょぉぉ……。)
マユミが一人苦しんでいると、そこへなにやら動物の気配がした。
ラクダだろうか?それとも羊か、はたまたマングースか。
いや、こんな砂漠に普通マングースは出ない。となれば、やはりラクダだろう。
動物がだんだん近づいてきているのがわかる。マユミに気が付いたようだ。
影が二つ…どうやらラクダは二頭いるらしい。背中には人が乗っている。
マユミがその人影に言葉をかけようとした瞬間、逆にそこから黄色い声が聞こえた。
「おおおおおねーさん!なんで黒タイツなんかでこんなとこにいるの!?」
自分でもわかっていたのだ。
黒タイツはおかしいということに。
そして、気が付いたら声の主をなぐっていた。
* * * * *
「おねーさんは名前なんていうの?」
「…………。」
マユミは押し黙っている。
「ははは、その格好から見ると盗賊か何かだろう?名前は言えないさ。」
マユミは二人の旅商人に助けられた。ピンク髪の少女と、ターバンを巻いたヒゲのオヤジ。
二人は親子で、これから砂漠の城、イシスに遊びに行くところだったという。
少女の名はアキナ、オヤジの方はドウルといった。
マユミはアキナのラクダにいっしょに乗せてもらって、イシスまで連れていってもらうことに
なった。
ラクダの上で女二人は楽しく会話だ。
「へえ、盗賊かぁ。あたし商人よ。」
アキナは後ろに乗ったマユミを振り返り、笑って言った。
「ふーん。」
マユミはさっきアキナをなぐってしまった罪悪感のせいか、全然アキナの顔を見ていない。
昔から口より先に手が出る体質なのだ。悪い癖だとわかっているのだがなかなか治らない。
そういえば小さいころも、一歳下の弟のこともよくなぐっていた。
「おねーさん、恋人いるの?」
突拍子のない質問に、マユミがまたアキナを殴った。後ろ頭をばちこーんと。
「いねえよ!悪かったな!!」
「悪くないわよっ。何で殴るのぉ〜!」
頭をさすりながら涙目で叫ぶアキナに、マユミはハッと気づいてうろたえた。
(ま、またなぐっちまった…。)
後悔しても遅い。とりあえず謝った方がいいだろうか…。おろおろ。
「うるせぇよ!そういう質問は自分の心の中でしてろ!ばか!」
気持ちとは裏腹にさらに言葉を付け加える。どうもこの盗賊には素直さが足りないらしい。しかも口が悪い。
きっと親の影響だ。子どもというものは環境でずいぶん変わるものだ。
優しい子に育てたいのなら自分も優しくなるべきなのだ。
とっても大事なことなのだが、どうもそれをわかっていない親が多い。
例えば子どもの前で動物をいじめたりなどしてはいけない。子どもはそれを悪いことと思わずやってしまう。
子は親の背中を見て育つのである。
「なによぉーせっかく助けてあげたのに!」
「うるせぇ!!別に助けてなんて言ってないんだよ!」
ラクダの背中でぎゃーぎゃーケンカする二人。ラクダもいい迷惑だ。
ちなみに二人の乗るラクダの名はパグ、ドウルの乗るラクダはチンゲンサイといった。
ケンカがとぎれずに十分経過。ドウルがぼんやりと見えてくるイシスの城に気づき、マユミに
声をかけた。
「おじょうさん、もうすぐイシスだよ。」
「お、おじょう……。」
呼び慣れない言葉にマユミは眉をひそめた。ドウルは紳士的だ。
そういえば口元の大きなヒゲもどこか神々しいような気がする。黒く光るヒゲ。実は商人と
いうのはただのウソで、本当はどこかの金持ちのおっさんなんじゃないかと疑えるくらいのヒゲだ。
マユミはしばらくその紳士を見つめた。
「ちょっとおねーさん、ちゃんと前向かないと危ないよ!」
「!うっ、うるせぇぇ!!」
ドウルを見ていたことを妙に恥ずかしく思ったマユミは、またアキナを殴った。ばちこーんと殴った。
いい音がした。
さて、殴ったり殴られたりをくり返しながらの一時間と数十分。ついにイシスに到着した。
アキナは頭をさすっている。
砂漠の真ん中にそびえ立つ、大きいようで小さな城──イシス。
広がるオアシスはなんとも気持ちよさそうに青く輝いている。
ここの女王様がとても美しい人だということは有名な話だ。きっとこの青いオアシスのように、
きらきらと透明の輝きをもっているのだろう。
「さてと、おねーさんどうするの?あたしたちはとりあえず宿を取りに行くけど…。」
ラクダからひらりと降り、そのまま手綱を引いてアキナは言った。
マユミはうまく降りられずにおろおろしている。
「そっちの足をもってきて。そうそう、そのまま降りるんだ。」
ドウルからのアドバイスを受けなんとか降りることのできたマユミは、黙ったまま二人をじっと見つめた。
「ん?」
視線に気づきアキナは笑顔を見せた。人なつっこそうな笑顔だ。ほっぺたにえくぼができている。
マユミは二人にお礼が言いたかった。
でも彼女は素直じゃない。素直になれない。
いつも口が動いてくれない。
「なにようおねーさん、人のことにらんだりして〜。」
あははと笑うアキナを、マユミは力一杯なぐった。
「にらんだりしてねえよ!はん!てめえの顔がおもしろいから見てただけだ!!」
「なっ何ですとー!!」
また二人は争い始めた。
マユミが騒げばアキナも騒ぐ。ぎゃーぎゃーぴーぴー、人の目も全く気にしていない。
「で!どーすんのよおねーさん!」
息を切らしながらアキナは再びマユミに尋ねた。
「はん!知るか!あたしは好きなように生きるんだよ!」
「別におねーさんの人生のことなんて聞いてないのよっ。」
いつまでもうるさい二人。
「なんだてめ…え……」
と、急にマユミの目の前が真っ白になった。
そしてそのまま言葉途中に倒れ込んでしまった。ちっとも動かない。
「ちょっとおねーさん、おねーさん!」
返事はない。
「ああ…日射病だな。ずっと日に当たっていたからな。」
「どうすんの?」
「とりあえずいっしょに宿に連れていこう。こんな所においていってはいけないだろう。」
「そーね。」
親子二人はマユミを宿にわっしょいわっしょいと連れていき、ゆっくりとベッドに寝かせた。
褐色の肌を真っ赤にして、マユミはうんうんうなっていた。
その宿の部屋はベッドが二つ、窓も二つの小さな部屋だった。
そんな部屋に親子二人に女一人。十分すぎるほどせまかった。
「親父ー、あたしちょっとおふろ入ってくるー。」
部屋のせまさに苦痛を感じたのか、アキナは一人タオルを持って部屋を出ていった。
「風呂は地下だからな。」
ドウルは閉まるドアに向かって声をかけた。
………。
急に部屋がしずかになる。日射病の盗賊と、ヒゲの商人。
「元気すぎる娘ですまないねぇ。」
そんな空間で、ドウルは目を閉じたマユミに声をかけた。
「娘もね、うれしいと思うんだ。普段はこんな親父とずっと二人旅でね、年頃の友だちと
一緒に話をしたいし遊びたいんだろうね。君と会ってからずっと楽しそうだ。」
ははは、と笑ってドウルは言った。
「……もう起きているんだろう?」
「………。」
マユミの目が開いた。ゆっくりとこちらをむく。
「あたしも……。」
そこまで言いかけて言葉が詰まる。言いたいのだ。あたしも楽しかった、と。
でもマユミは素直じゃない。
素直に…なれない。
「いいんだよ、無理に言葉にすることはない。」
ドウルはにっこりと笑いかけた。
言葉にしなくてもいい。
ドウルはわかってくれている。
マユミは嬉しかった。
「………うん。」
マユミははっきりとうなずいた。
ドウルがまた笑った。
ああ、こんなやさしい笑顔の人は見たことがない、とマユミは思った。
胸の中があたたかくなっていくのを感じた。
しばらくしずかな空気が流れた。しずかだけど重苦しくはない。
やさしい、やさしい時。
マユミはだんだんと心地よい眠りに入っていった。
「やーもーやだーヘビが出たー!お風呂にヘビが出た〜。あーん。」
なにか大きな音がするかと思えば、ピンクの髪を濡らした少女が泣きながら激しくドアを開けた。
眠りかけていたマユミはその大声にキレた。
「うるせー!!病人の前では静かにしろ!ばか!」
ベッドの上にいたために殴れなかったので、マユミは近くにあった筆立てを思いきり投げつけた。
筆立ては見事にアキナのひたいにクリーンヒットし、二人の間に再び火花が散った。
ドウルは笑顔のまま二人の戦いを見守っていた。
それから二人がぜえぜえと息を切らしたころ、あたりはすでに薄暗くなっていた。
「じゃあ二人とも、そろそろ夕飯にでもしようか。」
落ち着いてドウルは上着を着た。
「え…?」
ふたりとも。
アキナと、マユミ。
「あの…あたしは……。」
マユミがうろたえると、ドウルは何も言わずにうなずいた。
「ほら、行くわよおねーさん。」
アキナは髪を下ろしたまま、先にドアの方に向かった。
ドウルはマユミの肩をぽんとたたき、またその笑顔をみせた。
マユミは自分の口元がほころぶのに気づいた。うれしさを隠せなかった。
* * * * *
朝。まだ太陽は顔をのぞかせていない。
結局いっしょに宿に泊まったマユミは、その日一番早く目覚めた。
イシスは今日も晴れている。町の向こうまでよく見える。
マユミは窓を開けた。宿の横には小さなオアシスがある。
その水面に自分の顔が映っている。色黒で銀髪で、怒ったような顔。
でもなんだかいつもの顔と違う。ほんとになんとなく。
マユミはとなりのベッドで眠るアキナを見た。口元がもごもごと動いている。
何か食べている夢でも見ているのだろう。幸せそうな顔だ。
それから、二人にベッドをゆずり床で眠るドウルの方へ顔を向けた。
口を閉じ、しずかに眠っている。眠る姿もどこか紳士的だ。
マユミは開けた窓を閉めると、手早く着替え始めた。昨日失敗した黒タイツは
とりあえず着ないことにした。砂漠を出たら着よう、そう心に誓った。
そして物音一つたてずに彼女はその部屋を去っていった。
さすが盗賊、しのびあしはおてのものである。
そのまま風のように、マユミは砂漠へと消えていった。
太陽が完全に顔を出したあと、ドウルとアキナはほぼ同時に目を覚ました。
「ん〜…。」
目をこするアキナはまだ起ききっていないようである。
「おはよ〜、おねーさん…。」
マユミの寝ているベッドにあいさつをして、アキナはマユミの不在に気が付いた。
「……おねーさん?」
アキナは辺りを見回した。だが昨日何度も言い争った盗賊のおねーさんの姿はどこにもなかった。
ベッドは何もなかったようにすましている。
「親父!おねーさんが…!」
「……ああ。」
出ていったみたいだな、とは言わなかった。
もう分かりきっていることだから。マユミは、もうここにいない。
「…やだぁ、なんでなにも言わないで行っちゃうのよぉ〜…。」
泣きそうな顔でアキナは空のベッドに言った。
人が寝ていたとは思えないほどきれいに整われているベッド。
自分のあとを何も残さないように。
「……とりあえず着替えなさい。」
やさしくドウルが話しかけた。
アキナは下がった眉毛をどうしようもできなく、何も言わずに着替えようとした。
(おねーさん、せめて一言くらい…。)
「……あれ?」
アキナがなにかに気づいた。
昨日の服は確かベッドの横にたたんでいた。ズボンにシャツにベストにマント…。
アキナはあわてて自分のカバンの中を調べた。…動きが止まる。
「どうした、アキナ。」
「…ない…。」
「ん?」
「ないのよ!服が一つもない!!」
「アキナ、服は一つ二つではなくて一着二着…」
「んなことどーでもいいっつーの!!ない!ないないない〜!!」
頭を抱えアキナは泣き叫んだ。
ない。
旅に大事な服がすべて無くなっている。
これは一体どういうことなのか…。考え込んでいたアキナは、すぐに気がついた。
「〜やられたぁぁっ!!!」
消えた服、そして──消えた盗賊。
すべての線が一本につながる。そう、あの盗賊が全部盗み持っていってしまったのだ。
アキナは悔しさのあまりそこらへんを暴れころがった。
ドウルも苦笑をしながらつぶやいた。
「ははは…本当に見事にやられたな。」
と、ドウルは一つ帽子だけが残されてあるのに気がついた。
台の上にぽつんと残された帽子。よく見ると汚れがあるような…
いや、これは文字だ。白い帽子に小さく書かれた文字。
「なんだ…?」
目をこらし、じっと見てみる。
ありがとう またな
「………。」
ドウルは口元をほころばせた。
キレイとは言えない、書きなぐった文字。しかしドウルにはそれだけで充分だった。
暴れまわるアキナを呼び、いっしょに笑いあう。
「ったく…新しい服買わなきゃいけないじゃんかー。」
怒っているようで、顔は笑ったままだ。
アキナはうれしかった。名前も知らないおねーさんといっしょに過ごした一日は楽しかった。
「ありがと…おねーさん。」
マユミはイシスをもうずいぶんと離れていた。
今度は盗んだ服で完全防備。もう太陽はこわくない。
ついでに大量の水と食料も盗んでおいた。
さらにラクダも盗んでいた。
これでもう砂漠で死にかけることもないだろう。タイツも脱いであるし。
マユミはラクダに乗って、砂の上を悠々と歩きつづけた。
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